協会のご案内

バラトン湖とティハニの遠景。−空と湖の青がたとえようもなく美しい
友好協会の歴史と活動 ハンガリー人(マジャール民族)は、民族的起源をアジアに発するといわれるだけに、その文化・言語もアジアの色彩が濃いユニークな社会を構成しています。例えば人の名前でも、ハンガリー人では姓が先、名前が後です。

 それだけに、ハンガリーの日本への関心は高く、すでに1920年代には、両国で相前後して友好協会が設立されています。さらに第二次大戦とその後の歴史的経過を経て、1971年に改めて現在の形のハンガリーに関心のある人なら「いつでもだれでも入会できる」日本ハンガリー友好協会が発足しました。

 政治的スローガンや営利優先の事業を排除し、両国の市民同士の草の根文化交流で相互理解を深めようという私たちの運動は、冷戦構造下の政治体制の相違を乗り越え、80年代にはハンガリーでも民間の友好協会が発足、日常の草の根交流の成果をフェスティバルの相互開催で発表し合う所まで発展しました。

 そうした歴史的経過を踏まえ、以下、現在協会が取り組んでいる事業の大要をお知らせします。
友好協会はこんなことをやっています ■会報の発行
 
 協会が会員に配る第1号の会報を発行したのは1975年3月でA5判4頁でスタート、本4月26日発行の103号はA4判の20頁で、発行部数も当初の200部程度から現在は2,600部に達しました。
 会報の名前BARATÁSG(バラーッチャーグ)は日本語で「友情」という意味で、この調子で両国民の「友情」がますます広がり、深まることを願っています。
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■総会・新年会で親睦を深める
 
 協会は総会(5月か6月)と新年会(1月)はすべての会員に案内を出し、親睦を深める機会にしています。駐日ハンガリー大使館の皆さんも参加して国際交流の花が咲きます。新年会での福引や会員である音楽家や芸術家の出演も楽しみのひとつです。
■フェスティバルの交互開催

  さまざまなジャンルの文化交流を強めようとして「ジャパン フェスティバル イン ブダペスト」が開催されたのが1984年3月。この種の行事として「東欧圏」で初めて開かれたもので、内外の注目を集めました。以来、86年には日本、90年にはハンガリーと交互に開催され、両国で三回ずつ、計六回の歴史を重ねてきました。
 2000年、2009年、および2019年には大きなイベントがあり、その場合にはいずれもハンガリー日本双方で多数の催しが開催されます。
 内容も年を追って多彩・豊富になり、期間も「週間」から「通年」になるなど、両国の友好が凝縮されたものに発展してきました。
 2000年に日本で開かれたフェスティバルには、当時のゲンツ大統領が来日し、ご自身が書かれた戯曲「鉄格子」を鑑賞して話題になりました。
 2000年、2009年、および2019年には大きなイベントがあり、その場合にはいずれもハンガリー日本双方で多数の催しが開催されます。
 内容も年を追って多彩・豊富になり、期間も「週間」から「通年」になるなど、両国の友好が凝縮されたものに発展してきました。
 2000年に日本で開かれたフェスティバルには、当時のゲンツ大統領が来日し、ご自身が書かれた戯曲「鉄格子」を鑑賞して話題になりました。 
ジャパン・フェスティバル〜ハンガリーで開催
◇1984年 ◇1990年 ◇1996年
ハンガリー・フェスティバル〜日本で開催
◇1986年 ◇1992年 ◇2000年 ◇2009年 ◇2019年(150周年)


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